2015年09月04日

抗日戦争勝利70周年パレード

 9月3日に北京天安門広場で壮大な軍事パレードが行われた。20種類以上の軍用機は200機近く。40種類500にのぼるミサイルや戦車などの兵器が披露された。このうち84%は初の公開。第二砲兵部隊からは短距離、中距離、長距離の弾道ミサイル7種類が参加した。未公開の弾道ミサイルなどが次々と登場したという。米国全土を射程にできる大陸間弾道ミサイルや空母を沈めるミサイルなど軍事的には台湾やアメリカを強く意識した軍事パレードである。そして習近平国家主席は「中国人は日本軍から侵略を受け、中国はその抗日戦争に勝った。しかし中国は決して他国に対しこのような侵略を行わない」と声高に宣言した。主要国の首脳ではロシア プーチン大統領、韓国朴大統領が出席したが,西側G7の首脳は全員欠席している。世界の心ある人々はこの時代錯誤ともいうべき式典に眉をひそめている。このニュースに触れいくつかの違和感と矛盾を感じるのは私だけではないだろう。


 最初の矛盾は、平和を希求している国際社会においてなぜ今これだけの大規模な軍事パレードが必要なのかということである。中国の指導者は口では「正義、平和、人民!」と叫びながら、目の前では巨大な大量破壊兵器を見せつける。この矛盾は、彼らの言葉がこの先意味をなさないことを世界にさらしただけである。軍事力という暴力を見せつけないと、選挙のない独裁国家主導者は心配でたまらないのであろうか。経済の失速がささやかれている中国において、権力者はまたもや武力に頼らねばならないということだろうか。安い労働力と巨大な人口だけが取り柄の中国経済は、自らが生み出した独自の価値を世界に供給することなしに、その座を他のアジア諸国に奪われ始めている。多くの中国国民には、まだまだ経済発展の恩恵が行き渡っていない。多民族国家でもある中国ではテロも頻発している。かつて天安門広場での民主化弾圧は今も人権弾圧の歴史として国際的な非難を受けている。そんななか、権力者の焦りが今回の軍事パレードから見て取れる。

 次に違和感があるのは、70年も前の抗日の歴史を突然このような軍事パレードで飾らなければならない理由である。拙筆のブログで何度も言及しているが、中国本土で主に旧日本軍と戦ったのは蒋介石率いる国民党軍であり、それもアメリカの軍事支援を受けで戦いを続けられたということである。現政権の祖先である毛沢東共産党軍による組織だった抗日戦の歴史はない。(共産軍は国共合作により国民党軍に組み込まれて日本軍と戦っている。)毛沢東は生涯一度も抗日戦争記念式典など開催していない。それどころか、日本に勝利した蒋介石軍をその後の国共内戦により台湾に追い出したのは中国共産党である。彼らが強く抗日戦勝国を名乗り始めたのはまだ最近10年の間ぐらいである。台湾を威圧するかのようなこの軍事パレードはそのことを引け目に感じているコンプレックスからくるものであろうか。自らの政権の正統性をこのような方法でしか示せないところに彼らの弱さがある。最近「カイロ宣言」いう中国共産党製作の映画が注目を集めている。カイロ宣言は、1943年、ルーズベルト、チャーチル、蒋介石がエジプトのカイロに集まりアジアでの対日戦争方針と戦後の日本の領土を決定した歴史的な会議である。映画のポスターでは、会議に出席もしていない共産党指導者毛沢東が描かれているそうだ。もし 虚偽の歴史が描かれているとすれば大きな国際問題に発展する可能性もある。過去の歴史を現在の自分たちの都合で書き換えることは厳に慎まなくてはならない。


 そういう視点で見ると、同じ政治構造を持つロシア、韓国の首脳が参列しているのも納得できる。1991年共産党の独裁であったソ連が崩壊し、ロシアは民主化の道を歩んできたはずである。しかし、プーチン大統領の目指す方向はこの流れの方向を変えつつある。新帝国主義の台頭である。今も戦闘が続いているクリミア、ウクライナ問題。欧米からの非難や経済制裁が続くロシア、孤立化が鮮明になりつつあるロシアが中国にすり寄るのは必然であろう。韓国大統領の出席は一見矛盾に満ちたものであろう。軍事的には完全に北朝鮮や中国と敵対し、徴兵制を堅持し、米韓軍事演習を続ける。その国のリーダーがその仮想敵国の軍事パレードに出席しているのである。韓国とて旧日本軍と戦った歴史はない。敵対する北朝鮮の建国の父、金日成は抗日ゲリラを戦った史実がある。ここに 韓国のねじれたコンプレックスがありそうである。先月 38度線で銃声が聞こえたばかりでえある。彼らは抗日というより対北朝鮮という立場でこの式典に出席したと考えられる。経済の落ち込みが激しい韓国も孤立化を恐れて米中間で揺れ動いているようにみえる。全体主義に対する戦勝を祝うパレードに全体主義的色彩の強い国家元首が並ぶ光景はそれだけで茶番である。


 今どき、核ミサイルの軍事パレードなんて、世界はこんなバカなことにエネルギーを使っていていいのだろうか。世界の人口爆発、格差の拡大、環境破壊など国際社会が一丸となって立ち向かわなければならない課題は多い。世界の各国が互いに反目し互いに消耗する、要らぬことに資金とエネルギーを費やしている時間はあまりない。

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2015年09月02日

パンプキン爆弾

 アメリカ人の多くは、原爆投下は戦争を早期に終わらせるために必要なことだったと理解している。原爆投下により、日本本土上陸作戦を行わずに終戦を迎えられたことで、米軍兵士100万人の命と多くの日本人の命をも救ったと言うのである。ある種 功利主義的思考の極みであろう。


 滋賀県平和祈念館の戦争展を見学した。昭和20年7月24日、滋賀県大津市、今の東レの工場にパンプキン爆弾が投下され16名の方が亡くなり、数十名の負傷者が出た。現在身内がこの会社に勤めているのでちょっと気になって調べた。このパンプキン爆弾、実は長崎に落とされたプルトニューム型原爆の模擬爆弾であり、形、大きさ、重さが原爆と全く同じ様に作られている。重さは5tonもある。実際の原爆投下の前に投下訓練として50個が日本全国30都市に投下されている。プルトニューム型原爆は本当に爆発するのか、投下した飛行機は逃げられるのか念入りに実験されていたのである。パンプキン爆弾を投下したのはクロード・イーサリー機長のB-29 ストレート・フラッシュ号である。


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滋賀県平和記念館の展示

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パンプキン爆弾の模型 大津市歴史博物館より


 このクロード・イーサリーという男が興味深い。彼は太平洋戦争中の名パイロットとして名をはせていた。そして原爆投下チームの一員となる。パンプキン爆弾の投下実験にも参加し、7月20日には、福島県郡山市の攻撃に向かうが天候不良で爆弾が投下できなかった。テニアン島への帰還の道すがら、独断で東京に向かい、こともあろうか皇居にこの爆弾を落す。爆弾は的を外れて東京駅近くの橋に落ちた。それほど彼は目立ちがり屋で鼻息が荒い人間だったようだ。当時 皇居への爆撃は禁止されていたので、上官は彼をひどく叱責した。ただ 彼は腕のいいパイロットだったので軍法会議は免れた。しかし 広島への原爆投下は彼ではなく別のB-29、エノラゲイに決まった。8月6日、彼は広島原爆投下一時間前 広島市上空から気象観測を行っている。そして エノラゲイに向け「原爆投下可能」と打電する。


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広島に原爆を落としたB-29 エノラゲイ。米国ワシントン スミソニアン博物館で撮影

 戦後除隊した彼は、1960年 東京新聞のインタビューで「原爆投下は誤りであった」と発言し、謝罪している。原爆投下チームでただ一人原爆投下の過ちを認めた軍人であった。何が彼をそうさせたのだろうか。1946年、米国は南太平洋のビキニ環礁で戦後初の原爆実験を行っている。その爆弾は、3個目の原爆として東京に投下予定であったプルトニューム型原爆である。彼はその原爆実験に参加し放射能被曝をしてしまう。退役後、彼の妻が2度の流産をしたことで彼は自分が被曝したことを知る。そして 広島、長崎の被爆者の苦しみを身をもって知り、自分が犯した罪の意識にさいなまれる。妻と別れ、悪夢を見、酒におぼれる。最後は強盗事件を何度も起こし精神病院への入院を繰り返した。喉頭がんを発病し1978年に亡くなっている。彼は、「原爆投下は誤りであった。そして私もその被害者の一人である」と述べている。原爆投下の非を認めた唯一の原爆チームの米国軍人が、被曝し、精神と肉体を蝕まれたというのは皮肉でもある。国家のエゴは敵味方なく個人生活を破壊する。


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ビキニ原爆実験。原爆の威力測定のため、旧日本軍の戦艦などが集められ爆破されている。WIKIより。
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2015年08月23日

連合軍進駐地付近住民の心得帳

去る8月28日米軍は神奈川県下に進駐し、それ以来進駐地域は漸次拡大されています。本県下にも進駐してくるかどうかは今のところ明確ではありませんが、何れにしても近く京都に進駐軍の本拠が置かれることは確かであります。したがって京都の郊外ともいうべき本県に住んでおられる各位はこれらの進駐軍としばしば接触しなければならぬと予想されます。

しかしながら皆さんは決して脅える必要はありません。今日(9月10日)東京から帰ってきた人の話によれば、進駐軍を迎えるというよりも、むしろ一般外国人を迎えるというぐらいの楽な気持ちで接触したほうがよいと言われております。というのはこのほうが向うにも好感を持たれるし、またそれぐらい米軍の秩序は厳正に保たれていることを意味するのであります。

ただごく一部の兵士中に命令の不徹底、または好奇心、出来心などから若干事故があり、また言葉の通じないところからちょっとしたゴタゴタも見られておりますので、これらについては我政府は連合軍側に厳重申し入れをなし事故防止に努めつつある一方、現地警察も連合軍警備隊と連絡し治安維持について万全の策をとりさらに連合軍側に於いても善処を約し着々実行に移しつつあります。

県民各位におかれても、この際よく自粛自戒し不祥事の発生しないよう、未然防止に協力してください。



外国兵は国内の風俗、習慣などを理解せず好奇心や、出来心で種々イタズラをなす傾向にあるので、県民の態度として最も重要なことは、外国兵の不法行為を誘発しないよう努めてスキを見せないことが大切です。すなわち、

◎町内会隣組は皆相戒め相たすけあって、事故の未然防止に努力するような仕組みを必ず確立すること、また 町内に外国語の話せるものがある場合は活用すること。


◎万一暴行、掠奪などの事故が生じたら大声を発して、近所に救いを求めるとか、護身のため極力抵抗するとかなどの自衛上必要な手段方法を採ること。


◎外国兵といろいろなことで交渉しなくてはならない場合がおこっても、できるだけ個人交渉は避け、やむおえない場合においては冷静、沈着な態度で応待し、自分の生命、貞操、財産はあくまで自分で守るという態度が欲しいと思います。


以上米軍の不法行為に対する防衛について述べましたが、米軍が斯かる不法行為をなす場合はほとんどすべて拳銃で威嚇しております。しかしながら発射した例は一件もありません。

またこういう不法行為に対しては、米軍司令部でも厳罰主義をとり、とくに強姦に対しては死刑を科しております。さらに軍秩の維持のためにM・Pの腕章を付した米軍憲兵が厳重に監督しておりますから、米兵としてもコワゴワやっているのであります。したがってこちら側が極力自衛行為に出れば、だいたいは大丈夫だと存じております。しかしながらあくまでも自衛であって武器を使うことは絶対にやめてください。

もしも武器を使って相手方を傷つけるようなことがあれば、それはいかなる場合といえども国の立場が非常に悪くなるとともにこの後の彼らの空気が険悪となり、県民全体に迷惑をかけることになります。

重ねて申し上げますが、あくまでも自衛であって攻撃は不可であります。


また むこうが不法に財物を要求したら

「貴軍司令官と我らの間にはさような約束はなく、したがって自分としてはそれに応じる義務はない。強いて貴官が要求されるならば、貴下の上官のところへ行きその命令によって行動したい」

In the agreement between your commander and our government. I believe there is no such obligation on the part of the Japanese people. But if you still insist on demanding, I will go with you to the higher officer to get a better understanding; and then let us proceed according to his instructions.


また 建築物や自動車の不法要求があるようですが、そんな場合は

「進駐軍の命により建物、住居、自動車、その他に関しては貴方が個人的に直接交渉することなく、終戦連絡事務局を通しておこなうことになっております」

もしくはこれを英訳して印刷するとすれば

To the officers and men of the Allied Forces;In accordance with the General Headquarters of the Allied Forces the of use of buildings, dwelling houses, motor-cars, and other items should be arranged through the medium of the Post-war Business Liaison Bureau and not through the direct negotiation of individuals.

というふうに抗議することなどは相当効果があるようです。暴行に対しては、大声を出して人を呼び、集まった人などがワイワイ騒ぐとか、あるいは爪でひっかくとか、むこうの肩章をもぎ取るとかいうようなことは効果的だと存じます。


◎各人はなるべく外国人兵士と接しないように注意すること、また 婦女子は服装を厳重にして、進駐地付近にありては一人歩きや、夜間の外出はせぬこと、家を留守にするとか、婦女子のみ留守居の住家は戸締りを厳重にし、特に夜間は外部から中が見えないようにすること(婦人の服装は特に注意してください)


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(裏面)

米兵同士で噂しているのを聞けば、日本の婦人は服装を見ただけでも尊敬に値しない、あんなだらしない服装をしていれば強姦されるのは当たり前だと言っているそうです。これまで強姦の既遂は**件ですが、いずれも被害者に一部の罪はあるようです。抵抗した人は被害から免れております、これが2件あります。武家当時の婦人の身だしなみを忘れないでください。

また 米国においては日没後婦人が一人で歩いているのは醜業婦に限られているそうですから、この点も大いに注意しなければならないところです。


◎特に婦女子は日本婦人としての自覚を持ち、外国軍人にスキを見せないことが必要であります。それには

イ.夜電燈がついたら、カーテンその他何らかの方法によって家の中が見られぬように準備すること。(アメリカの習慣では電燈のついた後で、部屋がのぞけるようになっているのは闇の商売に限られているそうです)

ロ、みだらな服装やあまりケバケバしい服装をせぬこと

ハ、人前で胸を露はすことは絶対禁物

二、素足を見せぬこと

ホ、外国人が片言交じりの日本語で話しかけたり、「ハロー」等と呼びかけられたりしても相手にならぬこと。(笑いかけたり、うつむいたりすると、むこうの習慣でいわゆる「気がある」と解釈されるらしいです)

へ、夜間にはもちろんのこと、昼間でも人通りの少ない場所を一人歩きせぬこと


◎道路で子供を遊ばさないこと

米国人は自動車を下駄ぐらいにしか考えておりません、進駐軍は本国から多数の自動車を取り寄せると言っておりますから相当のスピードをもって運転することと思われます。むこうの習慣に従えば道路でボンヤリしていて、自動車に敷かれたのでは、敷かれた方が悪いということになるそうです、大切な子供さんをそんなことにしては大変ですからよく注意してください。


◎進駐軍が時々チョコレートやたばこを投げることがあるが、日本人は日本人の衿持をもってこれを拾わぬこと。

地方によっては子供らがワイワイと集まって拾っているのを見かけるそうですが、日本人が彼らに軽蔑されるようになる最大の原因です。

などが平素心がけねばならぬ事柄であります。


◎外国兵の習慣としてその土地の品物を「記念品」として持ち帰るため、いろいろな物品を好奇心から強要することがあるから時計、万年筆、その他の貴重品などは外国兵の目に触れないように注意することが肝要です。

この場合次のような例がありますから注意してください。某駅で駅員が腕時計を腕にはめていた、通りがかりの米兵がいきなりその時計をとった、駅員も周囲の人もそれ掠奪だというので驚いてしまった。ところがその米兵はとった腕時計をその駅員の物入れに押し込んで、手真似で腕にはめてはあぶないということを知らした。要するに腕時計を目につくようにしていると、悪い米兵にとられるから隠しておけということを好意的に注意したのである。

某駅から俘虜の転送があったがその際、女が3人俘虜のトラックに乗っていた、付近の人らはテッキリ女を拉致したものだと脅えてしまったところが、事実は見送りに来た醜業婦であった。

要するに言語の不通から思い違いをして、思わぬことを惹起することがあるから、慌てないで相手方の動作をよく注意して好意は好意として受け入れるだけの落ち着きが必要であります。


◎進駐軍に関するいろいろなデマに惑わされないこと

現在のところ進駐軍は我らに対して非常に友好的であることは確かな事実でありまして、極めて少数の例外を除いては平穏です。仮に滋賀県下において進駐軍との間に何か起こり、また進駐軍の不法行為がありましたら、必ず最善の方法を持ってできうる限り迅速に県民各位にお伝えしますから、もしそれ以外のことを他から聞かれても、それは全部デマだたと考えて慌てないでください。


◎外国兵の不法行為については政府として厳重抗議をなし、その善処方を求めることになっており、米国側も事実が明白な場合は自ら適当の措置をとるのが通例ですから、いやしくも不法行為が行われた場合には県民は、犯行の場所、日時、犯行者の服装(特に帽子、襟、肩、肘などの標識番号など)その他特徴など証拠となすべき事物を速やかに最寄りの警察官か憲兵に届け出てください。この場合も目撃者はなるべく沢山あったほうがよいです。


◎以上は進駐軍に対する防衛ですが、当局として特に各位にお願いしておきたいことは、感情に激したあまり外国兵に対しては危害を加えてはならないということであります。どこまでも忍ぶべきことは忍び誠意をもって進駐軍を迎えるという気持ちであってほしいと思います。


これが 現段階における日本人の義務であり、今後日本を生かす唯一の道であることを深く考えてください。

関東の人等がこんな気持ちで進駐軍を迎えているため、今のような友好と静寂が保たれているのであります。

もしこちらから積極的に進駐軍に危害を加えるようなことがあったら、それがどんな小さな事件であっても、事態は急速に悪くなり、また この報復ははなはだ過酷なものであることを覚悟しなければなりません。

しかし 決して脅えたり、卑屈になったりしてはなりません。是を是とし、非を非とし言うべきことは遠慮なく主張するだけの勇気をもってください。そのほうが、かえって米兵との友好関係を緊密にするのであります。


昭和20年9月

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滋賀県平和祈念館の「滋賀県民の15年戦争」展を見に行ってきた。昭和20年9月10日に県庁から発せられた文書、進駐軍に対する住民心得帳に目が留まった。なんという、意味不明で支離滅裂な文章だろうと思った。当局の混乱と彼らが占領軍による掠奪や婦女子への強姦事件をすごく恐れていたことがよくわかる。しかし 何があっても外国軍隊に危害を加えてはならないとしている。当局が直接 占領軍の不法行為を取り締まることが出来ないのである。国家権力の上に占領軍が存在するということの意味がヒシヒシと伝わってくる。文書表現には占領軍への配慮が強くうかがえる。敗戦国の屈辱がよくわかる。「忍ぶべきは忍ぶ、これが 現段階での日本人の義務であり、日本を生かす唯一の道だ」というくだりは涙を誘う。自衛戦争と言いながら国民を護ることができなかった日本政府と日本軍、ことここに至っても国民は国家のために忍ばねばならないのであろうか。この後占領軍による支配は1952年サンフランシスコ講和条約の発効まで続くのである。国民は15年どころか22年間「戦争」を戦うのである。国民にとって戦争とは開戦に始まり8月15日の停戦で終わったわけではないのである。


  占領時の米軍の不法行為に関してはGHQの報道管制、検閲により実数の公式記録がない。報道はされていないが現実には進駐軍による多くの不法行為や人権蹂躙行為が存在したようである。現在において日本政府が、戦時中の侵略行為や従軍慰安婦問題に対し真実を認め、反省し謝罪することは「絶対悪」に対する謝罪として必要なことだと思う。と同時に戦勝国側においても、不法行為の罪を認め謝罪すべきだろう。戦争の勝ち負けではなく、基本的人権が蹂躙された倫理問題、「絶対悪」として議論されるべきだ。戦勝国と戦敗国、双方それが出来て初めて本当の「終戦」であると思う。でないと戦争は繰り返される。

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滋賀県平和祈念館 (東近江市下中野町431)

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八日市飛行場。戦後 焼却処分される日本軍飛行機。

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米軍艦載機による機銃掃射の記録。軍需施設への爆撃は戦争行為であるという言い訳もできるが、小学校や一般の民家への機関銃による射撃は明らかに戦争犯罪行為である。これらは、明らかな民間人狙い撃ちの記録であり、言い訳のできない非人道的行為、不法行為として糾弾されるべきではないだろうか。
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