「いつまでもデブと思うなよ」この本は、7年ほど前にベストセーラーになったレコーディングダイエットの指南書である。いまでも、その冒頭に書かれていた内容を覚えている。明治維新までは、人のブランド力(これをファーストラベルと呼ぶらしい)は、「生まれ」 すなわち家柄で決定されていた。士農工商と世襲の身分制度があるため、その人の一生のラベルはどの家に生まれたかでほぼ決定されてしまう。明治以降、そんなことでは優秀な人材が埋もれてしまい、国家として大きな損害だということで、能力主義が芽生えた。現実的には、学歴主義である。貧しい家に育っても頑張って勉強して、いい学校を優秀な成績で卒業すれば社会のリーダーにもなれるし、いい職にもありつける。学歴ラベルである。そして、現在は、ルックス重視の見た目がファーストラベルを決める時代になった。就職面接では、同じ成績であればルックスのいい人が必ず選ばれる。(企業側は非難を恐れて決して口には出さないが面接官であった私が言うのだから間違いない。面接だから、理由はなんとでもつけられる。)それを支援するデータはいっぱいある。たとえば野球場のジュース売りこでさえ(失礼)カワイイ売り子さんの売り上げはそうでない子と格段の差があることがデーターで明白になっている。身体全体のスタイルを含めたルックスが現代のステイタスを決定づけるのである、という趣旨のことが書いてあった。そういえば、最近は、男女ともルックスのいい子が多いなと思う。昔みたいにガリ勉タイプで、浮世離れしたような人はあまりいない。「デブ」「ブス」「ネクラ」と過去 差別用語で呼ばれていたような若い子はほとんど見かけなくなった。(ちょっと痩せすぎの女性が多いのは気になるが、、、)
三月の初旬に日野町の主催する「定期健康診断」を受けた。その結果が最近出て私は「お返し会」と呼ばれる健康指導面接に呼ばれた。前日には、必ず出席してくれと確認の電話もあった。私は世間でいう「デブ」に分類される体型である。身長176cm体重84kg。43歳で禁煙に成功して以来ずっとこの体型である。ずいぶんと、見た目で損してきたんではないだろうか。現在の私のようにデブで無職となると現代社会でのステイタス、 ファーストラベルは最低である。今回の招集は、メタボの指導だなとすぐにわかった。
広い部屋には、二人の相談員の人が座っていた。一人の方はすでに面接を開始している。私の相談員は、見た目50代半ばぐらいの細身の女性だった。事前に生活スタイルのアンケートが配られており私はまじめに記入を終えていた。健康診断の結果や血液検査の各項目の意味、私の結果などを事細かに説明していただいた。胴囲が規定値を大きく超えていること、高脂血であること、血圧が高いこと。このレベルでは、そんなに心配することはなく食事と運動に気をつければ克服できると言った。
そして 私の食生活を事細かに聞いた。
相談員
「野菜をたくさん食べる必要があります。一日350g以上、小皿にして5品以上、、、」
私
「わかってはいますが、メニューは私が決められません。決定権は家内にあります。」
相談員
「・・・・・」(無視)
「寝る前に、お酒とスナック菓子を食べられているようですが、これはなぜですか?寝る前に食べると100%脂肪となって太ります。」
私
「原因は多分ストレスだと思います。わかっちゃいるけどやめられない。」
相談員
「・・・・」(無視)
「スナック菓子の種類は何ですか?」
私
「柿の種です。」
相談員
「柿の種は、小袋で160kcaもあります。これ 枝豆になりませんか?」
私
「先ほども申しましたが私にメニューを選ぶ権利はないのです。」
相談員
「・・・・」(無視)
「サキイカ スルメはどうですか?これなら同量で60kcaです。」
私
「スルメですか。塩分大丈夫ですか?血圧に悪いんでしょう?」
相談員
「やっぱり 枝豆ですね。冷凍物を買ってきて、ご自分で水にさらして解凍して食べてください。」
どうしても 相談員は枝豆にこだわる。
相談員
「やっぱり 寝る前に食べるのはよくない。」
私
「わかっています。」
相談員
「わかっているのに、なんで?」
私
「だから、ストレスです。ストレス解放に酒を飲み、柿の種を食べる。」
相談員
「・・・・」(無視)
相談員
「運動は何かされていますか?」
私
「最近は、ここ2週間ほどですが、毎日5kmほど、1時間のウォーキングをしています。」
相談員
「素晴らしい。ぜひ続けてください。私は、ランニングをしています。」
私
「へーすごいですね。」
相談員
「10km走ることもあります。でも 体重が前後で2kgも減ります。」
私
「うらやましい。」
相談員
「体重が減ってしまうことが私の場合悩みの種なんです。」
「同じものを食べていても体質によって摂取量(率)や基礎代謝量が違うので体重の増え方、減り方が違います。一度太ってしまった人は、細胞の分裂増殖の速度が速く、いったん痩せてもカロリー摂取により必ず元に戻ってしまいます。もともと痩せている人は逆にカロリーを過剰に取ってもあまり太れないのです。」
「運動で消費するエネルギーはタカがしれていますが、運動により筋肉がつき 基礎代謝量が上がれば消費カロリーは増え、それにより減量できます。運動の効果はそちらの方が大きいのです。」私は 胃がきりきりと痛んできたのを我慢していた。面談開始から一時間以上経過していた。
こんなちぐはぐな問答のあと彼女が言った。
「あなたは 体重をどこまで減らしたいですか?」
私
「そうですねえ。身長からして70kg台前半ぐらいが理想でしょうか。」
相談員
「そんな ずうと先の話ではなく目先の目標です。」
「そうですね、あなたは84kgだからマイナス5%の80kgを目標にしましょう。」
といって、なにやら白い紙に大きな字で、現在体重84kg 目標80kg 期間6っケ月とさらさらと書き込んだ。最初からそのつもりだったんだ彼女は。そして 電卓を取り出して、
「5kgの体重を落とすためには、35000kcaの消費が必要です。それを、6っケ月で消費するには一日200kca現在より落とさなくてはなりません。ウォーキングで100kca消費、柿の種をスルメにすることでマイナス100kcaです。」基礎代謝の向上の話はどこにいったのかと思いながら胃の痛みに耐えかね、私は「はいわかりました。」と流した。すると彼女は6枚つづりのグラフ用紙のようなものを取り出した。それは、上段が折れ線グラフを書き込むようになっており下段が升目になっており、毎日の体重や運動、食事など気をつける項目を書き込みできるようになっていた。彼女はグラフの縦軸に目標体重の80kgを書き込み
「毎日体重計にのり、体重をここに書き込んでいってください。グラフは励みになります。」
と言った。そして 下段の項目には、「ウォーキング」「柿の種」と記入した。出来た日は○をつけてくださいねと言った。
相談員
「あなたは、メタボリック診断で、胴囲と高脂血、そして血圧が基準値を超えているので、積極的な指導を受けてもらう必要があります。」
彼女はたたみかけるように言った。3枚の紙を取り出して
「ここに、2日分の食事をこと細かくすべて記入してください。ごはんは何グラムかわかるように測ってください。記入例はこちらです。」
私
「めちゃ詳しいですね。これは無理かも。デジカメで食事の写真をとってもいいですか?」
相談員
「・・・・」(無視)
また新しい紙を取り出し
「ここに、平日と休日のあなたの生活パターンを15分刻みで記入してください。」
私
「はい・・。」
相談員
「来月と2か月後にこれらの用紙を記入して再度面談に来てください。5月15日朝10時30分来れますか?」
私
「たぶん。大丈夫です。」
相談員
「それからもうひとつ。」
と言って、何やら黒い大型の万歩計のようなものに新品の電池を入れてセッティングを始めた。
相談員
「この機械をベルトにつけて、お風呂に入る時以外は必ず身に着けておいてください。」
私
「寝る時もですか?」
相談員
「そうです。2週間肌身離さず付けておいてください。」
と言って席を立ち私のズボンのベルトにそれをくくりつけ、
「絶対に落とさないように。2週間後にこちらに返却してください。これは 単なる万歩計のようなものではなくコンピューターで正確にあなたの運動量を記録解析するものなのです。」
私は、いつもはズボンやベルトをせず ジャージで過ごしているのでどうしようかなと思ったが、聞き返す気力はもうなかった。なんだか 首輪をつけられた犬になったような気分だ。
「最後にもう一つ、この封筒は 今回の検査で基準値を超えていたため医師の再受診をしてもらう勧告書です。診断結果が入っています。お医者さんに診てもらい、診断書を書いてもらいこちらへ返送してください。」ダメ押しのように彼女は言い放った。
ありがとうございました と言いその部屋を出た。時間は12時をまわっていた。相談時間は1時間半を超えていた。胃の痛みは頂点に達していた。
「いつまでもデブとおもうなよ!」
こころのなかで私は叫んだ。