2015年01月09日

あたらしい憲法のはなし

 集団的自衛権の行使容認の閣議決定をうけて今年は法律の整備が行われるようである。本件に関してはこの先いろいろと考察を深めていきたい。今日は憲法9条の理解の原点、昭和22年に文部省が中学生向けに発行した憲法教科書を読み返したい。教科書「あたらしい憲法のはなし」の中から「戦争の放棄」の部分のみを抜粋して紹介する。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
六 戰爭の放棄

 みなさんの中には、こんどの戰爭に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとう/\おかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戰爭はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戰爭をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戰爭は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戰爭のあとでも、もう戰爭は二度とやるまいと、多くの國々ではいろ/\考えましたが、またこんな大戰爭をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。

戦争放棄.jpg


そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように、また戰爭を二度とおこさないようにいたしましょう。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 太平洋戦争での戦死者は310万人と言われている。兵隊だけでも200万人以上が亡くなっている。この教科書が配布された昭和22年(1947年)時点では、本当にお父さんやお兄さん 肉親を戦争で亡くされた生徒も多かったと思う。その生々しい現実の前にこの教科書が提出された。廃墟の中で、貧困と空腹に耐えながら、肉親の死を想い、多くの生徒はこの教科書であたらしい憲法を学んだ。その授業の光景を想像すると胸が詰まる。涙が出そうになる。そして一筋の希望をこの憲法9条に見たことであろう。本当に二度と戦争を起こさない国にしようと思い、この憲法を厳格に護っていこうと思ったに違いないと思う。

 私にとっても憲法9条の理解、原点はこの教科書にある。誤解を恐れずに言うと私の憲法9条の基本的理解は「非武装中立」であり、自衛権も含めた武力の放棄である。すなわち、最悪、他国より武力攻撃を受けた場合は、日本国民は死ぬか逃げるしかない。人を傷つけ、殺す戦争をするぐらいなら自ら殺された方がましだという考え方だ。ガンジー的な非暴力主義である。その覚悟を、国民と世界に示したものが現行憲法9条であると理解している。(注:いまどき この考え方を主張する政党は、保守、革新ふくめ存在しない) 非現実的だろうか。しかし、軍隊を持っていても武力攻撃され、戦争になったら人が大勢殺されることにはかわりはない。

 終戦後、日本の武力脅威を排除するために制定されたこの憲法9条は、1950年に勃発した朝鮮戦争で180度解釈を反転させられる。米国により、ソ連をはじめとする共産主義拡大の防波堤としての日本の役割が望まれた。占領政策は急変し、日本は、警察予備隊、自衛隊という実質的な軍隊を持つことになる。1952年には、この「あたらしい憲法のはなし」の教科書も廃止される。不戦の誓い、涙の誓いは早くも崩れていくのである。

 これから始まる憲法解釈議論、改憲論は、この歴史の積み重ねを理解したうえで論じられるべきであろう。


以下 米国で書き留めた戦争の歴史と私の考察へのリンクです。ご参考までに。


アメリカの旅〜Oakland〜



posted by kogame3 at 12:34| Comment(0) | 歴史認識
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: