2015年09月06日

中国ショック

 8月の終わりから続く世界同時株安、この原因は中国の景気減速懸念と米国の利上げ観測である。トルコで行われているG20では、各国が世界経済のリスク要因と懸念する中国に構造改革の加速を強く求めた。「世界の工場」である中国経済が本当に減速すれば世界経済に与える影響は計り知れない。米国の不用意な利上げがあれば世界中にばらまかれたドルが米国に逆流し、新興国の経済に対し大きな打撃となることは明白だ。中国経済に対する危惧は以前からあったが、ここにきて人民元の切り下げ、上海株式相場の暴落、不動産バブルの崩壊、多国籍企業の工場閉鎖などの事態の悪化が表面化している。そしてその裏にある実体経済の減速が急速にクローズアップされた格好である。


 経済のグローバル化が進んだ90年代以降、中国の安い労働賃金と豊富な労働力を求めて多くの多国籍企業が中国進出を行った。日本企業にとってもこれは同様であった。特に円高が進む度に国内工場を削減してでも中国の安い労働力を求める企業が多かった。当時 私の勤めていた企業は例外的に国内生産比率が高く、国内の物づくり力に頼っていた企業風土の会社であった。しかし、2008年に起こったリーマンショック、急速に進む円高の流れの中、経営陣の判断は急転した。生産の早急なる海外シフトであった。当時、巷では「ガラパゴス化した日本経済」と揶揄され、日本人技術者はその本分を忘れ、生産の海外シフトにその軸足を移した。「機能の高度化」を至上命題としていた日本の技術者は時代遅れとされ、多くの技術者が「機能の削減」を目指した。時を同じくして、「機能の集積」を狙ったスマホが日本ではなく米国企業から生まれていることに注目したい。スマホを構成しているほぼすべての技術は日本の企業がそれまで自ら開発してきたものばかりである。半導体、電子部品、液晶パネル、Li電池、CCDカメラ、、。では なぜ日本はスマホを生み出せなかったのか、よく分析する必要がある。


 もう一つ見逃せないことは、この時日本企業が大切にしてきた価値を捨ててきたことである。それは従業員を大切にする経営姿勢である。株主の利益を最大限に守ることが企業の至上命題とされ、そこで働く人の幸福や成長といったものをないがしろにしてしまったのである。特に中国への進出は現地労働者を単なる低コスト労働者とみる風潮が高かったといえる。日本企業が長年培い、企業の原動力の源泉としてきた「生産現場で人を育てる」という文化が中国では吹き飛んでしまったのである。人だけではない、工場建屋も低コスト、生産設備も低コスト化が図られ、それらの安全性さえ低下させた。中国人労働者に創造性を期待することはなかった。中国と共存共栄するという思想の欠落である。これは 多かれ少なかれ中国に進出した企業共通の傾向であったといえよう。日本企業の内部留保金額は過去最大に膨れ上がったが、企業の価値創造の源泉とされる「イノベーション」を中国工場に期待することは無かったのである。


 今回の中国ショックの背景は中国の労働賃金アップと労働力不足にあるとする見解は多い。それはその通りであろう。1970年代前半の日本がそうであったように国家の経済成長過程では必ず起こる現象である。次に国家が自国の力で「イノベーション」を起こせるかどうかがその後の経済成長を占う鍵である。イノベーションを起こせる国家には自由で民主的な安定した社会が不可欠である。自由な経済競争原理が市場で働かないとイノベーションは起こせない。今後の中国がそういう国家に変貌できるのか注視する必要がある。リバースエンジニアリングという言葉に代表されるように他国の開発した技術の素早い応用展開で目先の利益を拡大させてきた韓国経済がここにきて失速している現実もこのことを如実に表している。先にも書いたように日本経済が単に中国の安い労働力に依存していただけであれば、今回の中国ショックによる損害は必然的に日本企業や日本の経済に跳ね返ってくる。日本は単なる被害者ではない。日本は中国での事業展開のやり方を間違った過去のツケを払わねばならない時が来たのである。それは日本国内の企業経営、技術経営の在り方をも再度見直す必要に迫られよう。かつて 液晶技術で単独世界のトップ企業であったシャープが本社を手放すまでに落ち込んだ。半導体技術で世界を席巻したあの東芝が不正会計処理問題で上場さえ危ぶまれている。日本企業が 中国にイノベーションを求めなかったのは、現地の政治体制や労働者意識の問題もあろう。しかし今何が日本企業経営の根幹であるのか、企業の価値の源泉は何であるのかが問われる。日本は今回の中国ショックを他山の石とせねばならない。

 歴史を振り返れば、日本に学んだ中国指導者、孫文、蒋介石、周恩来たちが中国を大きく変えた歴史もある。時代は違うし経済状況も違う。しかし上から目線ではない日本の胆力、日本が戦後積み上げてきた経営ノウハウが試される時が遠からず来よう。
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2015年09月04日

抗日戦争勝利70周年パレード

 9月3日に北京天安門広場で壮大な軍事パレードが行われた。20種類以上の軍用機は200機近く。40種類500にのぼるミサイルや戦車などの兵器が披露された。このうち84%は初の公開。第二砲兵部隊からは短距離、中距離、長距離の弾道ミサイル7種類が参加した。未公開の弾道ミサイルなどが次々と登場したという。米国全土を射程にできる大陸間弾道ミサイルや空母を沈めるミサイルなど軍事的には台湾やアメリカを強く意識した軍事パレードである。そして習近平国家主席は「中国人は日本軍から侵略を受け、中国はその抗日戦争に勝った。しかし中国は決して他国に対しこのような侵略を行わない」と声高に宣言した。主要国の首脳ではロシア プーチン大統領、韓国朴大統領が出席したが,西側G7の首脳は全員欠席している。世界の心ある人々はこの時代錯誤ともいうべき式典に眉をひそめている。このニュースに触れいくつかの違和感と矛盾を感じるのは私だけではないだろう。


 最初の矛盾は、平和を希求している国際社会においてなぜ今これだけの大規模な軍事パレードが必要なのかということである。中国の指導者は口では「正義、平和、人民!」と叫びながら、目の前では巨大な大量破壊兵器を見せつける。この矛盾は、彼らの言葉がこの先意味をなさないことを世界にさらしただけである。軍事力という暴力を見せつけないと、選挙のない独裁国家主導者は心配でたまらないのであろうか。経済の失速がささやかれている中国において、権力者はまたもや武力に頼らねばならないということだろうか。安い労働力と巨大な人口だけが取り柄の中国経済は、自らが生み出した独自の価値を世界に供給することなしに、その座を他のアジア諸国に奪われ始めている。多くの中国国民には、まだまだ経済発展の恩恵が行き渡っていない。多民族国家でもある中国ではテロも頻発している。かつて天安門広場での民主化弾圧は今も人権弾圧の歴史として国際的な非難を受けている。そんななか、権力者の焦りが今回の軍事パレードから見て取れる。

 次に違和感があるのは、70年も前の抗日の歴史を突然このような軍事パレードで飾らなければならない理由である。拙筆のブログで何度も言及しているが、中国本土で主に旧日本軍と戦ったのは蒋介石率いる国民党軍であり、それもアメリカの軍事支援を受けで戦いを続けられたということである。現政権の祖先である毛沢東共産党軍による組織だった抗日戦の歴史はない。(共産軍は国共合作により国民党軍に組み込まれて日本軍と戦っている。)毛沢東は生涯一度も抗日戦争記念式典など開催していない。それどころか、日本に勝利した蒋介石軍をその後の国共内戦により台湾に追い出したのは中国共産党である。彼らが強く抗日戦勝国を名乗り始めたのはまだ最近10年の間ぐらいである。台湾を威圧するかのようなこの軍事パレードはそのことを引け目に感じているコンプレックスからくるものであろうか。自らの政権の正統性をこのような方法でしか示せないところに彼らの弱さがある。最近「カイロ宣言」いう中国共産党製作の映画が注目を集めている。カイロ宣言は、1943年、ルーズベルト、チャーチル、蒋介石がエジプトのカイロに集まりアジアでの対日戦争方針と戦後の日本の領土を決定した歴史的な会議である。映画のポスターでは、会議に出席もしていない共産党指導者毛沢東が描かれているそうだ。もし 虚偽の歴史が描かれているとすれば大きな国際問題に発展する可能性もある。過去の歴史を現在の自分たちの都合で書き換えることは厳に慎まなくてはならない。


 そういう視点で見ると、同じ政治構造を持つロシア、韓国の首脳が参列しているのも納得できる。1991年共産党の独裁であったソ連が崩壊し、ロシアは民主化の道を歩んできたはずである。しかし、プーチン大統領の目指す方向はこの流れの方向を変えつつある。新帝国主義の台頭である。今も戦闘が続いているクリミア、ウクライナ問題。欧米からの非難や経済制裁が続くロシア、孤立化が鮮明になりつつあるロシアが中国にすり寄るのは必然であろう。韓国大統領の出席は一見矛盾に満ちたものであろう。軍事的には完全に北朝鮮や中国と敵対し、徴兵制を堅持し、米韓軍事演習を続ける。その国のリーダーがその仮想敵国の軍事パレードに出席しているのである。韓国とて旧日本軍と戦った歴史はない。敵対する北朝鮮の建国の父、金日成は抗日ゲリラを戦った史実がある。ここに 韓国のねじれたコンプレックスがありそうである。先月 38度線で銃声が聞こえたばかりでえある。彼らは抗日というより対北朝鮮という立場でこの式典に出席したと考えられる。経済の落ち込みが激しい韓国も孤立化を恐れて米中間で揺れ動いているようにみえる。全体主義に対する戦勝を祝うパレードに全体主義的色彩の強い国家元首が並ぶ光景はそれだけで茶番である。


 今どき、核ミサイルの軍事パレードなんて、世界はこんなバカなことにエネルギーを使っていていいのだろうか。世界の人口爆発、格差の拡大、環境破壊など国際社会が一丸となって立ち向かわなければならない課題は多い。世界の各国が互いに反目し互いに消耗する、要らぬことに資金とエネルギーを費やしている時間はあまりない。

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2015年09月02日

パンプキン爆弾

 アメリカ人の多くは、原爆投下は戦争を早期に終わらせるために必要なことだったと理解している。原爆投下により、日本本土上陸作戦を行わずに終戦を迎えられたことで、米軍兵士100万人の命と多くの日本人の命をも救ったと言うのである。ある種 功利主義的思考の極みであろう。


 滋賀県平和祈念館の戦争展を見学した。昭和20年7月24日、滋賀県大津市、今の東レの工場にパンプキン爆弾が投下され16名の方が亡くなり、数十名の負傷者が出た。現在身内がこの会社に勤めているのでちょっと気になって調べた。このパンプキン爆弾、実は長崎に落とされたプルトニューム型原爆の模擬爆弾であり、形、大きさ、重さが原爆と全く同じ様に作られている。重さは5tonもある。実際の原爆投下の前に投下訓練として50個が日本全国30都市に投下されている。プルトニューム型原爆は本当に爆発するのか、投下した飛行機は逃げられるのか念入りに実験されていたのである。パンプキン爆弾を投下したのはクロード・イーサリー機長のB-29 ストレート・フラッシュ号である。


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滋賀県平和記念館の展示

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パンプキン爆弾の模型 大津市歴史博物館より


 このクロード・イーサリーという男が興味深い。彼は太平洋戦争中の名パイロットとして名をはせていた。そして原爆投下チームの一員となる。パンプキン爆弾の投下実験にも参加し、7月20日には、福島県郡山市の攻撃に向かうが天候不良で爆弾が投下できなかった。テニアン島への帰還の道すがら、独断で東京に向かい、こともあろうか皇居にこの爆弾を落す。爆弾は的を外れて東京駅近くの橋に落ちた。それほど彼は目立ちがり屋で鼻息が荒い人間だったようだ。当時 皇居への爆撃は禁止されていたので、上官は彼をひどく叱責した。ただ 彼は腕のいいパイロットだったので軍法会議は免れた。しかし 広島への原爆投下は彼ではなく別のB-29、エノラゲイに決まった。8月6日、彼は広島原爆投下一時間前 広島市上空から気象観測を行っている。そして エノラゲイに向け「原爆投下可能」と打電する。


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広島に原爆を落としたB-29 エノラゲイ。米国ワシントン スミソニアン博物館で撮影

 戦後除隊した彼は、1960年 東京新聞のインタビューで「原爆投下は誤りであった」と発言し、謝罪している。原爆投下チームでただ一人原爆投下の過ちを認めた軍人であった。何が彼をそうさせたのだろうか。1946年、米国は南太平洋のビキニ環礁で戦後初の原爆実験を行っている。その爆弾は、3個目の原爆として東京に投下予定であったプルトニューム型原爆である。彼はその原爆実験に参加し放射能被曝をしてしまう。退役後、彼の妻が2度の流産をしたことで彼は自分が被曝したことを知る。そして 広島、長崎の被爆者の苦しみを身をもって知り、自分が犯した罪の意識にさいなまれる。妻と別れ、悪夢を見、酒におぼれる。最後は強盗事件を何度も起こし精神病院への入院を繰り返した。喉頭がんを発病し1978年に亡くなっている。彼は、「原爆投下は誤りであった。そして私もその被害者の一人である」と述べている。原爆投下の非を認めた唯一の原爆チームの米国軍人が、被曝し、精神と肉体を蝕まれたというのは皮肉でもある。国家のエゴは敵味方なく個人生活を破壊する。


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ビキニ原爆実験。原爆の威力測定のため、旧日本軍の戦艦などが集められ爆破されている。WIKIより。
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